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北部軍司令官官舎

札幌市豊平区月寒東2条には、北部軍司令官官舎があった。
北部軍は、昭和15年12月に新設された組織で、樺太、北海道、青森県、岩手県、秋田県、山形県を管轄していた。
その北部軍司令官官舎は現在、「つきさっぷ郷土資料館」として使われている。

北部軍司令官官邸
つきさっぷ郷土資料館の門柱。司令官官舎の物だと思われる。

北部軍司令官官邸 (2)
北部軍司令官官舎

北部軍司令官官邸 (3)
斜め後方から見る。

北部軍司令官官舎境界石
郷土資料館の敷地内に移設されている境界石
先が尖っていてあまり見かけないタイプであり「陸軍省用地」となっている。

北部軍司令官官邸 (4)
付近に残るポプラ並木は、北部軍司令官官舎を建築する際、官舎の景観のため、地元有志により植えられたものである。
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札幌陸軍墓地

札幌市豊平区月寒には、歩兵第25連隊の兵営があり、付近には関連施設が有った。札幌陸軍墓地もその中の一つであったが、現在は平和公園となっており、忠魂納骨塔が残っている。

北部軍司令部門柱
平和公園に移設された北部軍司令部正門門柱。北部軍とは東北、北海道、樺太、千島にある師団を統括するために、昭和15年に設立された。(案内板より抜粋)

忠魂納骨塔
忠魂納骨塔。裏面の由来は風化して読めない部分が多いが、昭和9年2月3日、歩兵第25連隊長と彫られているのが読める。

騎兵第7連隊覆馬場

陸軍第7師団門柱のすぐ近くには、騎兵第7連隊覆馬場が残っている。
騎兵第7連隊は明治32年に旭川に新兵営を置き、明治35年に編成完了、日露戦争に出征した。
大正期に師団は満州駐箚となり、連隊も満州に移駐したと思われるが詳細は不明。
昭和14年ノモンハン事件に参加し勇戦活躍したが、翌昭和15年、連隊は捜索第7連隊に改編された。
この覆馬場は大正初期の建築と思われ、現在はバス会社の整備場として使われている。

さて、先日も書いたように旭川を訪ねたのは9年前であり、当時はネットで遺構を紹介しようとは思っておらず、残念な写真ばかりである・・・

騎兵7連隊覆馬場 (12)
師団司令部門柱から歩くとすぐに見えてくる。

騎兵7連隊覆馬場 (10)
西側の出入り口。改装はされているが、原形はとどめている。

騎兵7連隊覆馬場 (6)
東側の出入り口

騎兵7連隊覆馬場 (9)
入り口が開いていたので、内部を見せてもらう。天井部分の様子

騎兵7連隊覆馬場 (8)
造りが分かるであろう。

騎兵7連隊覆馬場 (7)
覆馬場、南側を見る。しかし、何でこの構図なのかと、タイムマシーンがあれば自分に問いたい!

騎兵7連隊覆馬場 (11)
窓の造り、明り取りの状態が分かるだろう。

騎兵7連隊覆馬場 (13)
道路側(北側)の様子 これも、何でこの構図なのか?自分に問いたい。

騎兵7連隊覆馬場 (3)
騎兵捜索第7連隊跡の碑

騎兵7連隊覆馬場 (5)
壁の造りがよく分かるであろう。窓の形は違うが、盛岡にある騎兵第24連隊の物と形状は同じである。

騎兵7連隊覆馬場 (4)
アップで見る。

第7師団長官舎門柱

旭川市にある陸上自衛隊の資料館である北鎮記念館には、第7師団長官舎の門柱が移設保存されている。
これも10年近く前の写真であり、現状は分からない。

第7師団長官舎門柱 (1)
状態は極めて悪い。何故、ここまで・・・

陸軍第7師団門柱

北海道旭川市は軍都として栄えた。日清戦争後、対ロシア対策として6個師団が増設された。
それまでが6個師団しかなかったのに、同数の師団を増設するのは、まさに大軍拡であっただろう。
まず最初に、ロシアに近い北海道に屯田兵を基幹として第7師団が増設された。
他の師団と大きく異なる点は、近隣の都市(他県)に連隊を置かず(札幌に歩兵第25連隊を置いたが)、旭川に集中して部隊を配置した。これにより軍都として栄え、現在、旭川が北海道第2の都市となるきっかけとなった。
現在、師団司令部は無くなったが、門柱が残っている。しかし、状態は極めて悪い。
聞いた話では、寒い地方の遺構は亀裂が出来ると、そこに雨水などが染み込み冬場にそれが凍ると膨張し、さらに亀裂が大きくなる。大きくなった亀裂にはさらに多くの水分が入り込み、それが凍ると更に亀裂が大きくなる。これの繰り返しでどんどん状態が悪くなるそうである。
これは平成21年に訪ねた時の写真で、現在は自衛隊の資料館である北鎮記念館に移設保存されています。

第七師団司令部門柱 (1)
門柱の全景

第七師団司令部門柱 (2)
向かって左の門柱 袖門がある。見ての通り、状態は極めて悪い。

第七師団司令部門柱 (3)
向かって右の門柱 すぐに塀になっている。ヒンジが残る。

第七師団司令部門柱 (4)
ソケットが残っている。当時の物だろうか?

第七師団司令部門柱 (6)
背面を見る。

第七師団司令部門柱 (7)
内部がレンガであることが分かる。

第七師団司令部門柱 (8)
左の門柱
プロフィール

kan

Author:kan
酒とナマコ酢と、ミル貝刺をこよなく愛し、全国の旧軍遺構を訪ね歩く、自他共に認める正統派の変人です。
変人ですが、「変態!」と言われると烈火の如く怒ります。
腰はガラスの腰と言われ、定期的に壊れます!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
基本、酒を飲んでブログを書いてます。誤字や文章がおかしい時は、かなり酔っていると思ってください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物や、すでに消失している物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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