歩兵第40連隊 将校集会所

兵営の一角には将校集会所が残っている。

歩40集会所 (5)集会所入り口にある建物と防火水槽。遺構と思うが詳細不明。

歩40集会所 (4)将校集会所。かなり改装されており、オリジナル度は低い。

歩40集会所 (3)日本庭園。こちらも、どこまで当時のままかは判らない。  

歩40集会所集会所の奥から、連隊司令部を見る。

歩40集会所 (2)将校集会所の裏にも遺構と思われる建物がある。昭和になってからの建物と思うが詳細不明。

最後になりましたが、今回、見学を許可してくださった(株)三洋電機コンシューマエレクトロニクス様には、お礼申し上げます。
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歩兵第40連隊 その2

兵営の西側には連隊司令部や大型の木造兵舎が残っている。

歩40 (6)正門に入ってすぐにある建物。兵営の配置図では面会所となっている。

歩40連隊、大隊本部及び経理室

歩40 (7)若干の改装は有るが、ほぼオリジナルの外観を保っていると思われる。

歩40 (3)連隊本部から将校集会所に行く途中にある建物。かなり改装されているが、造りから遺構ではないかと思う。覆い練兵場か砲(機関銃)廠だろうか?


歩40 (5)機関銃中隊の兵舎

歩40 (8)この入口部分はオリジナルかは判らないが、外観はほとんど変わっていないだろう。

歩40 (2)第10、11中隊の兵舎。機関銃中隊の兵舎と並んで建っている。

歩40(4)
酒保があった付近には、日露戦争の凱旋紀念碑が残っている。明治38年12月建立

歩兵第40連隊 その1

鳥取市立川町にある、(株)三洋電機コンシューマエレクトロニクスは、歩兵第40連隊兵営跡地にあり敷地内には遺構が残っている。
歩兵第40連隊は大阪で編成された後、明治30年(陸軍墓地の案内板では29年)、鳥取に移って来た。
漫画家 水木しげる氏は、この歩兵40連隊に入営した。
(今回、レポートするにあたって、鳥取市歴史博物館 横山学芸員に御教授いただきました。)

歩40兵営の東側、岩倉小学校付近には鳥取連隊之跡の碑がある。

歩40 (2)兵営と民有地を分ける水路も残っている。

歩40 (3)敷地の外からも大型の木造兵舎が見える。これは連隊砲中隊の兵舎。

歩40 (5)連隊砲中隊兵舎

41山砲連隊砲として、多くの歩兵連隊で使用された41式山砲

歩40 (4)連隊砲中隊兵舎隣の建物 窓の形等は当時の建物の特徴があるが、改めて見ると違う様な?

歩40 (6)兵舎裏にある、兵器庫と思われる建物

歩40 (7)この防火水槽も当時の物だろう。

歩40 (9)兵器庫のすぐ隣にあるこの建物は、倉庫であろうか?

歩40 (8)これも兵器庫の付近にある。直感的には遺構と思ったが、違うかも・・・
歩兵第40連隊の場所はこちら

鳥取陸軍墓地

鳥取市国府町宮下には鳥取陸軍墓地がある。
明治29年、鳥取に歩兵第40連隊が創立されたのに伴い、明治維新以降、散華された将兵の至誠をたたえる場所として、この地が選ばれ明治30年2月に陸軍墓地が創設された。(案内板より抜粋)

鳥取陸軍墓地
宮ノ下小学校の南端には、陸軍墓地の案内碑がある。昭和10年9月建立

鳥取陸軍墓地 (11)
陸軍墓地入口には、忠魂碑がある。陸軍大将 井上幾太郎書 昭和12年9月建立

鳥取陸軍墓地 (3)陸軍墓地への参道。

鳥取陸軍墓地 (12)
手水の前にある境界石。右はしっかり残っているが、

鳥取陸軍墓地 (5)左の境界石は折れてしまっている。

鳥取陸軍墓地石碑
陸軍墓地改修記念碑 連隊長 篠原大佐書 昭和10年9月建立

鳥取陸軍墓地 (6)戦没者慰霊塔 昭和28年5月建立 写真の燈篭は昭和9年7月、大日本国防婦人会鳥取本部が奉納した物である。

鳥取陸軍墓地 (7)戦没者慰霊塔の後ろには、明治37、8年陣〈日露戦争)の遺骨合葬碑が建っている。
手前から、明治三七八年陣亡将校、同准士官、同下士、同兵卒遺骨合葬碑である。

鳥取陸軍墓地 (8)合葬碑の右側には個人墓がある。手前から将校、下士官、兵であり、ここにある個人墓の多くが昭和7年~9年に建てられたものであり、満州事変の戦没者の物である。

鳥取陸軍墓地 (9)個人墓を別方向から見る。

鳥取陸軍墓地 (10)合葬碑の左側にも、少数の個人墓がある。これらは、階級が2等卒や1等卒となっているので、早い時期の墓石の様だ。

鳥取陸軍墓地 (13)
陸軍墓地の周りには、いくつかの境界石が残っている。これは「陸用地」と書かれており、
鳥取連隊区司令部に残っている物と同じだと思われる。

鳥取陸軍墓地 (2)
これは折れてしまって、「地」しか無いが、字体から「陸用地」ではないだろうか?

鳥取陸軍墓地 (4)
陸軍省所轄地の石柱は、何本か見かけた。探せばもっとあると思う。
鳥取陸軍墓地の場所はこちら

鳥取連隊区司令部跡

鳥取県庁西町分庁舎は鳥取連隊区司令部跡地に建てられている。
ここに、いつ頃から連隊区司令部が有ったのかは不明だが、明治32年3月に臨時陸軍建築部長から陸軍大臣あてに、鳥取市東町164番地の買収お伺が立てられている。

鳥取連隊区司令部 (3)現在の司令部跡地

鳥取連隊区司令部
そこにある、元鳥取連隊区司令部跡の碑

鳥取連隊区司令部 (4)
司令部敷地の南側には境界石が残っている。

鳥取連隊区司令部 (2)
陸用(地)の文字が見える。
もしかしたら、まだ残っているのかもしれないが、住宅地になっているので確認できない。

鳥取連隊区司令部境界石の場所はこちら
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とミル貝刺と、手羽先をこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く橋本環奈が大好きな正統派変人です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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