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米子市皆生に残る発電機壕

米子市皆生(かいけ)町にはかつて、美保海軍航空基地皆生送信所があり、通信壕と言われる遺構が残っている。
ただ形状的に通信壕ではなく発電機壕と思われ、大日本者神國也さんもそう判断されている。

皆生発電機壕 (2)
南側から見る。
発電機壕は現在、露出しておりT字型をしている。
地図上は逆T字「⊥」で、このように南側に横線がある。

皆生発電機壕 (1)
横線部分の左右が出入口になっている。

皆生発電機壕 (12)
横線部分、東の出入口

皆生発電機壕 (11)
内部から東の出入口を見る。西側には民家がありトラブル防止のため、撮影はしなかった。

皆生発電機壕 (10)
横線部分から縦線部分(南から北)を見る。手前部分は狭いが、奥は広くなっており、そこに発電機が置かれていた。

皆生発電機壕 (4)
反対側から見る。

皆生発電機壕 (3)
発電機台の基礎と

皆生発電機壕 (5)
煙突(排気口)と思われる開口部

皆生発電機壕 (6)
壕の北側部分を見る。(「⊥」の上部分)

皆生発電機壕 (7)
冷却水用と思われるコンクリート槽

皆生発電機壕 (8)
別角度から見る。

皆生発電機壕 (9)
鉄筋は使われているようだが、かなり大きめの石も混ざっており、質は良くなさそうである。
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美保海軍航空基地跡に残る発電機壕 内部

前回に続いて今回は、発電機壕の内部を紹介する。

大篠津町発電機壕内部 (1)
入り口から壕内を見る。

大篠津町発電機壕内部 (2)
発電機の架台と思われる。

大篠津町発電機壕内部 (3)
壕の奥から入り口方向を見る。

大篠津町発電機壕内部 (6)
奥を見る。先端に向かって3段階で細くなっている。

大篠津町発電機壕内部 (4)
真ん中(2段目)部分から奥を見る。

大篠津町発電機壕内部 (5)
その手前には開口部があり、

大篠津町発電機壕外観 (2)
こちらの出入り口に行ける。

大篠津町発電機壕内部 (9)
前方への出入り口

大篠津町発電機壕内部 (10)
こちらは、後方への出入り口

大篠津町発電機壕内部 (7)
真ん中(2段目)部分から入り口を見る。

大篠津町発電機壕内部 (8)
一番奥(3段目)が一番細く、そこからから入り口方向をみる。
一番奥にも出入り口があるが、なぜか写真がない・・・

美保海軍航空基地跡に残る発電機壕 外観

JR西日本境線大篠津町駅(愛称、砂かけばばあ駅)のすぐ近くには、発電機壕がある。
大型の遺構で貴重なものではあるが特に保存されてはおらず、早急な保存対策が必要だろう。
この発電機壕は大篠津町駅からも境線の車窓からも見えるので、迷うことはない。

大篠津町発電機壕外観 (11)
発電機壕を南西側から見る。説明する便宜上、こちらを壕の正面とする。

大篠津町発電機壕外観 (1)
正面から見る。

大篠津町発電機壕外観 (12)
正面向かって左側面。フェンスが建てられており、全体が見れないのが残念である。

大篠津町発電機壕外観 (8)
フェンス後方を見る。正面から3段階で細くなっている。

大篠津町発電機壕外観 (6)
さらに後ろから見る。

大篠津町発電機壕外観 (7)
最後部にも出入り口がある。爆撃された際も爆風が入らないようにT字型になっている。

大篠津町発電機壕外観 (5)
真後ろから見る。壕内に爆風が入らない工夫がよく分かるだろう。

大篠津町発電機壕外観 (9)
真後ろ正面向かって右側の出入り口

大篠津町発電機壕外観 (4)
アップで見る。

大篠津町発電機壕外観 (3)
正面向かって右にも出入り口がある。

大篠津町発電機壕外観 (2)
右後方の出入り口をアップで見る。

美保海軍航空基地跡に残る爆弾庫

さらに付近にはいくつかの遺構が残っている。
今回も「大日本者神國也」さんを参考にさせて頂いた。

葭津爆弾庫 (1)
爆弾庫と言われる遺構。場所さえ間違わなければ、見逃すことはないだろう。

葭津爆弾庫 (2)
正面から見る。

葭津爆弾庫 (3)
開口部上部の切欠け。
この部分にレールがあり爆弾を吊るして移動させたのだろう。実際、レールを取り付けていたであろうボルトが見える。
また、コンクリートの厚さが分かる。

葭津爆弾庫 (4)
内部の様子

葭津爆弾庫 (5)
飛行機の掩体壕と比べ、格納スペースは広くない。

葭津爆弾庫 (6)
斜め前方から見る。

葭津爆弾庫 (9)
また付近には、もう1つ爆弾庫と言われる遺構があるが笹に覆われていて、ほとんど見えない。

葭津爆弾庫 (10)
完成していたのか、作成途中だったのかは不明

葭津爆弾庫 (7)
昭和橋、昭和15年に架けられた橋で、多くの隊員が渡ったであろう。

葭津爆弾庫 (8)
美保中学校の倉庫。航空隊の建物資材を使って建設(移設?)された言われている。

美保海軍航空基地跡に残る掩体壕 その3

最初に紹介した掩体壕の北東約450m、2番目に紹介した掩体壕の北東約150mにも掩体壕がある。

米子掩体壕3 (4)
こちらも大日本者神國也さんによれば、、道路脇にありながらも殆ど見えないとのことだったが、草が刈られており容易に発見することができた。

米子掩体壕3 (3)
金網越しにみる。垂直尾翼用と思われる切込みがある。この掩体壕は艦爆または艦攻クラス用だと思われる。

米子掩体壕3 (5)
背後から見る。

米子掩体壕3 (6)
基地内にもいくつかの掩体壕が残っている。
道路と金網の間に植え込みがあり金網に近づけない。仮に近づいて警備の人が来ても嫌なので離れて撮るが、よく分からない写真になった。
もう1つあるが角度的に土盛にしか見えず、撮影すらしなかった。

米子掩体壕3 (1)
基地内に残るコンクリート製の遺構

米子掩体壕3 (2)
もう1つ見える。現在は海沿いは立ち入り禁止になっており、この位置からでしか見ることはできない。
プロフィール

kan

Author:kan
酒とナマコ酢と、ミル貝刺をこよなく愛し、全国の旧軍遺構を訪ね歩く、自他共に認める正統派の変人です。
変人ですが、「変態!」と言われると烈火の如く怒ります。
腰はガラスの腰と言われ、定期的に壊れます!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
基本、酒を飲んでブログを書いてます。誤字や文章がおかしい時は、かなり酔っていると思ってください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物や、すでに消失している物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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