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大湊要港部会議所

海上自衛隊大湊地方隊の資料館である「北洋館」は、大正5年に海軍士官の集会所として建てられた大湊要港部会議所であり、付近にある釜臥山から切り出された安山岩を用いた外壁が印象的である。

北洋館 (2)
入り口に残る門柱
現在残るのは、この門柱のみである。

北洋館 (9)
敷地内から見る。

北洋館 (3)
大湊要港部会議所全景

北洋館 (4)
建物の正面を見る。

北洋館 (5)
正面車寄せ

北洋館 (8)
反対側から見る。

北洋館 (10)
側面を見る。

北洋館 (6)
北洋館入り口付近に展示されている、要塞地帯標
大湊要塞地帯第2区となっている。

北洋館 (7)
右側面には、明治33年11月3日と書かれ、裏面には海軍省と書かれているが画像なし・・・

北洋館 (1)
門柱近くに残る止水弁
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幸畑(青森)陸軍墓地 その4

青森陸軍墓地その3 (16)
歩兵第5連隊顕彰碑 もちろん戦後の物である。

青森陸軍墓地その3 (14)
東宮殿下(昭和天皇)御手植之松碑

青森陸軍墓地その3 (15)
御手植えの松 詳細は不明だが、案内板を見ると、明治41年に歩兵第5連隊兵営(現、青森高校)内に植えられた物を、
昭和61年に移植したようである。

青森陸軍墓地その3 (12)
左が、陸軍軍人合葬之墓 これは明治三十七八年戦役(日露戦争)陣没将校の合葬墓である。その奥に、将校の個人墓がある。

青森陸軍墓地その3
最後に、準士官以下の合葬墓と下士官の個人墓がある。

青森陸軍墓地その3 (3)
写真向かって左から、陸軍軍人合葬之墓 明治三十七八年戦役(日露戦争)陣没兵卒

青森陸軍墓地その3 (5)
陸軍軍人合葬之墓 明治三十七八年戦役(日露戦争)陣没下士(だったと記憶する。)

青森陸軍墓地その3 (7)
陸軍軍人合葬之墓 明治三十七八年戦役(日露戦争)陣没準士官。(これも准士官ではなかった。)

青森陸軍墓地その3 (9)
下士官の個人墓 数は少ないのは早い時期から合葬墓が作られていたからだろう。

青森陸軍墓地その3 (11)
こちらは明治12年と非常に古い。

青森(幸畑)陸軍墓地 その3

陸軍墓地入口から見て右側(北西側)には、連隊創設からの墓石が残っている。
ただ、隣接する雪中行軍遭難者墓地に比べると、墓地の状態は良くないが、雪中行軍遭難者の墓と違い遺骨が納められているので、改修のために掘り起こせないと言っていた。

幸畑陸軍墓地案内図
この図では、右上部分になる。図の下側から、反時計回りで紹介する。
また、今回は公共交通機関(バス)で訪れたために、帰りのバスの時間が迫っており、詳しく見る事が出来なかった・・・

青森陸軍墓地その3 (10)
都路号塚と驥心之塚
共に軍馬の名前だと推測するも、驥(き)には、「一日に千里を走ることのできる良馬」との意味があるために、軍馬を総じている可能性もある。

青森陸軍墓地その3 (17)
入口向かって右奥の個人墓 説明板には日清日露合同葬墓となっているが・・・

青森陸軍墓地その3 (4)
墓石のアップ かなり状態が悪いが、この下には遺骨が入っている。

青森陸軍墓地その3 (21)
陸軍軍人合葬之墓 明治19年8月建立

青森陸軍墓地その3 (23)
陸軍々人合葬之墓 こちらは明治33年3月建立
 
青森陸軍墓地その3 (20)
やはり古参連隊だけあって、生兵の墓があった。

青森陸軍墓地その3 (18)
墓碑に、歩兵第5連隊第2大隊第2中隊と書かれている墓石

青森陸軍墓地その3 (19)
明治10年没と、全国の陸軍墓地にある個人墓の中でも、最古参に入るだろう。

青森陸軍墓地その3 (22)
こちらも、同じ墓碑であるが

青森陸軍墓地その3 (2)
左側面には、岩手県徴兵と書かれている。

青森陸軍墓地その3 (6)
こちらの墓石は、

青森陸軍墓地その3 (8)
日露戦争中の明治38年2月に亡くなっている。
全部は確認できなかったが、日清日露戦争中に亡くなった墓石はほとんど無かった。

青森(幸畑)陸軍墓地 その2

八甲田山雪中行軍遭難資料館の後ろには、八甲田山雪中行軍遭難者の墓地がある。
遺骨は遺族に渡されているので、墓石はあるが遺骨は納められてない。
この墓地であるが、「戦争でなく、無謀な訓練で息子を殺された」と遺族が憤慨し、国が墓苑を作らないと遺族が納得しない状況だったようである。

幸畑陸軍墓地案内図
幸畑(青森)陸軍墓地の案内図。私の拙い説明よりも、図のほうが御理解いただけるだろう。

青森陸軍墓地その2 (9)
凍死軍人英霊碑 斎藤實 東郷平八郎書 昭和3年10月建立

青森陸軍墓地その2 (11)
明治天皇御製 昭憲皇太后御歌碑 一戸兵衛書 昭和5年8月建立

青森陸軍墓地その2 (7)
将校の個人墓 10名の将校が遭難死した。

青森陸軍墓地その2 (6)
生存者合同墓碑 幸いにして生還出来たが、無傷の者はほとんどなく、その後は大変な苦労をした。その生存者も亡くなり、遭難者と同じ墓地に墓碑を作ろうと、昭和37年に建立された。

青森陸軍墓地その2 (2)
大隊長山口少佐の個人墓 映画では拳銃自殺した様になってるが、実際は責任を取らされて薬殺、または責任を取るために軍医に頼んで薬殺してもらったとの説が有力である。

青森陸軍墓地その2 (4)
中隊長神成大尉の個人墓 映画では、主人公として描かれていた。

青森陸軍墓地その2 (10)
下士卒の個人墓 入口から見て左右に墓石が並んでおり、向かって左に95名の、右には94名の墓石が並んでいる。

青森陸軍墓地その2 (5)
兵卒の個人墓

青森陸軍墓地その2
他の陸軍墓地との違いは、この墓石は明治35年2月1日死亡となっているが、

青森陸軍墓地その2 (3)
こちらは明治35年3月3日死体発見と書かれている。

青森(幸畑)陸軍墓地 その1

青森市幸畑(こうばた)には、陸軍墓地があり今も墓石が残っている。
青森(幸畑)陸軍墓地を語るには、やはり八甲田雪中行軍遭難事件を避ける事は出来ないだろう。
八甲田雪中行軍遭難事件とは、日露開戦が確実となった明治35年1月、歩兵第5連隊の将兵が雪中行軍訓練中、210人中199人が死亡した遭難事件である。
これは日露開戦後、優勢なるロシア艦隊が津軽海峡を封鎖、さらに青森湾に侵攻し主要道路や鉄道を艦砲射撃で破壊し、八戸付近から上陸部隊が侵攻する事が予想された。そうなると最短コースで駆けつけるには、八甲田山系を踏破するしかなく、特に冬場の八甲田山系の経験は無く、踏破が出来るか検証する必要があった。また、ロシアに侵攻した際、極寒地での行軍等の研究の必要もあり、弘前にある第8師団では隷下の歩兵第5連隊、第31連隊に雪中行軍訓練を命じたが、訓練当日、記録的な大寒波により第5連隊の将兵が遭難した事件である。
詳しくは、HP八甲田山雪中行軍遭難悲話さんに詳しく記述されているので、こちらを参考にしていただきたい。
(HPを見る前に、映画「八甲田山」を観るか、小説「八甲田山死の彷徨」を先に読めば、より理解できると思う。)
青森(幸畑)陸軍墓地には、八甲田山雪中行軍遭難資料館が建てられており、観光名所となっている。

青森陸軍墓地その1
墓地入口にある「青森陸軍墓地入口」の石柱

青森陸軍墓地その1 (2)
石柱の裏面 昭和13年には青森陸軍墓地と言われていた様だ。

青森陸軍墓地その1 (3)
向かいにある「陸軍用地」の境界石。右上に二と書かれている。移設した物だとすぐに判るだろう。

青森陸軍墓地その1 (4)
墓地入口からまっすぐ進むと、雪中行軍遭難者の墓地入口がある。

青森陸軍墓地その1 (5)
入口左にある境界石 こちらは六、オリジナルの位置なのか移設されたのか判断できず・・・

青森陸軍墓地その1 (7)
雪中行軍遭難者の墓地入口向かって右方向の土堤にある、境界石。これは五と書かれている。どう見てもオリジナル!

青森陸軍墓地その1 (8)
雪中行軍遭難者墓地周りの土堤

青森陸軍墓地その1 (10)
雪中行軍遭難者墓地の東端にある境界石。この位置にあるのだから、オリジナル位置だろう!

青森陸軍墓地その1 (9)
アップ 右上に十と書かれている。

青森陸軍墓地その1 (11)
多行松 ここの陸軍墓地が出来た時に植栽された。根元に近いところから分かれているのが特徴。

青森陸軍墓地その1 (13)
南端にも境界石が残る。

青森陸軍墓地その1 (12)
アップで見ると、三八と書かれている。三八・・・?いきなり三八ですか?
場所的にはオリジナルだと思うのだが・・・

この後、八甲田山雪中行軍遭難資料館を見学した際、ボランティアで説明をしてくれる方に質問したところ、「当時の敷地はもっと広かった。今残っている境界石は他所にあった物を今の場所に埋めなおした。」との事!!!
久々に、膝がカクッとなりました・・・
プロフィール

kan

Author:kan
酒とナマコ酢と、ミル貝刺をこよなく愛し、全国の旧軍遺構を訪ね歩く、自他共に認める正統派の変人です。
変人ですが、「変態!」と言われると烈火の如く怒ります。
腰はガラスの腰と言われ、定期的に壊れます!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
基本、酒を飲んでブログを書いてます。誤字や文章がおかしい時は、かなり酔っていると思ってください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物や、すでに消失している物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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