【ギルティ】 間違ってました・・・【お詫び】
今から8年前の平成26年8月に藤枝海軍航空基地弾薬庫と公開した記事に誤りがあったので訂正します。
では、藤枝海軍航空基地弾薬庫と言われたものは何だったのでしょう?
実は「ケーブルハット」と言われるもので、電話線が長くなると信号が減衰するのを防ぐためのコイルを格納する建物だったようです。
こちらには、青春18きっぷで甲子園までベイスターズの応援に行く途中に立ち寄りましたが、お目当ての野球は2試合とも雨で中止に…
そして、途中に立ち寄った遺構はハズレとトホホな旅となりました・・・
以下は当時の紹介文
JR藤枝駅の西方約700mには海軍藤枝航空基地の遺構と言われるコンクリート製の建物が残っている。
藤枝航空基地は、現航空自衛隊静浜基地と名前を変え、ここから南東約5kmにある。
藤枝基地は昭和19年12月に開設、そのわずか10カ月後には米軍に接収されている。
今回紹介する、遺構は高角砲の弾薬庫、若しくは飛行場周辺に分散保管するための物品庫と推測するが、詳細不明。
もしかしたら、旧軍とは関係無い可能性もある。

交差点の一角に、それは残されている。

正面のアップ どう見ても地下式の弾庫では無い。

側面

背面

反対側から見る。

蝶番や錠を掛ける部分はリベット止である。
藤枝海軍航空基地弾薬庫と思われるていたケーブルハットの建屋はこちら
では、藤枝海軍航空基地弾薬庫と言われたものは何だったのでしょう?
実は「ケーブルハット」と言われるもので、電話線が長くなると信号が減衰するのを防ぐためのコイルを格納する建物だったようです。
こちらには、青春18きっぷで甲子園までベイスターズの応援に行く途中に立ち寄りましたが、お目当ての野球は2試合とも雨で中止に…
そして、途中に立ち寄った遺構はハズレとトホホな旅となりました・・・
以下は当時の紹介文
JR藤枝駅の西方約700mには海軍藤枝航空基地の遺構と言われるコンクリート製の建物が残っている。
藤枝航空基地は、現航空自衛隊静浜基地と名前を変え、ここから南東約5kmにある。
藤枝基地は昭和19年12月に開設、そのわずか10カ月後には米軍に接収されている。
今回紹介する、遺構は高角砲の弾薬庫、若しくは飛行場周辺に分散保管するための物品庫と推測するが、詳細不明。
もしかしたら、旧軍とは関係無い可能性もある。

交差点の一角に、それは残されている。

正面のアップ どう見ても地下式の弾庫では無い。

側面

背面

反対側から見る。

蝶番や錠を掛ける部分はリベット止である。
藤枝海軍航空基地弾薬庫と思われるていたケーブルハットの建屋はこちら
スポンサーサイト