建部山堡塁 その4

建部山堡塁は右翼、中央、左翼と3つの砲側庫があり、その間に2門用砲座が2つある。

建部山堡塁その4
掩蔽部の右端には、砲座に向かう階段がある。

建部山堡塁その4 (3)
掩蔽の土堤を越えると、半地下式の右翼砲側庫が見える。

建部山堡塁その4 (5)
砲側庫の内部を見る。造りから、弾火薬庫と推測するが、いかがだろうか?

建部山堡塁その4 (7)
内部は半円筒形ではなく、奥が丸くなっている。

建部山堡塁その4 (9)
右翼砲側庫を、砲座側から見る。

建部山堡塁その4 (2)
砲座。1つの砲座に2門の12cmカノン砲が備砲された。

建部山堡塁その4 (10)
砲座の後方はスロープになっていて、わずかに覗くコンクリートには滑り止めがある。

建部山堡塁その4 (4)
真ん中の砲側庫

建部山堡塁その4 (11)
左翼砲座

建部山堡塁その4 (12)
反対側を見る。見ての通り状態は良くない。

建部山堡塁その4 (6)
さて、砲座には固定用のボルトが残っている。しかし、12cmカノン砲は固定式ではなく、装輪式の可動砲である。これは戦争末期に造られた高射砲の砲床ではないだろうか?

建部山堡塁その4 (8)
左翼砲側庫 この先に射垜に向かう階段がある。有事の際は、こちらから大砲を移動させてきたのだろう。
スポンサーサイト

建部山堡塁 その3

5連掩蔽部の左には、弾庫(と思われる)がある。

建部山 その3 (5)
弾庫入口

建部山 その3 (7)
内部の様子。手前が出入り口で奥が点検用の窓と思われる。

建部山 その3 (9)
奥のアップ

建部山 その3 (3)
弾庫の内部

建部山 その3 (2)
点検窓

建部山 その3 (4)
弾庫のさらに左には、弾廠があったとされている。

建部山 その3 (6)
掩蔽部の土堤を抜けると、左翼砲座と射垜に行く。

建部山 その3 (8)
射垜に登る階段。とてもじゃないが登れる状態ではない。

建部山 その3
砲座方向は藪が凄く、ここからは行けなかった。

建部山堡塁 その2

建部山堡塁は木造であったと思われる衛舎などは残っていないが、堡塁自体の破壊は無く、ほぼオリジナルの状態を保っていると思われる。しかし、他の砲台と同じく保存手入れは行われておらず、状態は悪い。
今回は学研発行の「日本の要塞」にあるイラストをもとに説明する。

建部山 その2 (5)
前回、紹介した石垣の先に入口があった。これは、門柱の基礎部と思われる。

建部山 その2 (6)
門柱から今、来た方向を振り返ると、石垣の上には便所が残っている。どの様な造りかは分からないが、大便器は7つ有ったようであり、そこから有事の際、ここに詰める人員も推測できるかもしれない。

建部山 その2 (8)
側防砲座跡、側防砲座は北東方の攻撃が可能となっており、舞鶴西港を侵攻してきた敵に対応するためと思われる。

建部山 その2
兵舎と思われる掩蔽部の北側(向かって右)にある、貯水槽。

建部山 その2 (4)
貯水槽の左には、5連の掩蔽部がある。

建部山 その2 (7)
一番右掩蔽のアップ

建部山 その2 (9)
各掩蔽は内部で繋がっているが、この掩蔽だけ奥行きが短い

建部山 その2 (2)
それ以外の掩蔽は同じ奥行きであり、すべての掩蔽内が見渡せる。

建部山 その2 (3)
掩蔽部を左側から見る。掩蔽部前面は藪が凄く、内部通路を通らないと移動は困難である。

建部山堡塁 その1

JR西舞鶴駅の北西約3kmにある建部山は若狭富士とも呼ばれているが、山頂には堡塁が築かれていた。
建部山堡塁は明治32年9月に起工し、ちょうど2年後の34年8月に完成した。
備砲は12cmカノン砲が4門であり、由良川に沿って侵攻してくる敵への防御陣地として造られた。
砲塁までは登山道(旧軍道)があり、登り口から約40分ほどで辿り着く。
建部山堡塁砲台としている文献もあるが、ここでは堡塁とする。

建部山その1
建部山、この山頂に堡塁がある。
登り口には大きな案内があるので、見逃す事は無いだろう。

建部山その1 (5)
登山道。一部、後から作られた登山道と思われる部分があるが、基本的には旧軍道である。

建部山その1 (4)
途中には、「陸界」の境界石がいくつかある。

建部山その1 (3)
さらに「陸」の境界石

建部山その1 (2)
裏面には「防 二十?」と書かれている。

建部山その1 (6)
途中にある橋は、軍橋で間違いないだろう。

建部山その1 (7)
山を登る事40分で、砲塁の石垣が見えてくる。

建部山堡塁への登山口はここ(だったはず。)

金岬砲台 その5

5連の掩蔽部から奥に進むと分岐点があり、左に進むと観測所と21cmカノン砲座があり、右に進むと15cmカノン砲を備えた右翼砲台に行き着く。

金岬砲台 その5 (3)
砲座手前にある半地下式の掩蔽部。

金岬砲台 その5 (4)
一番奥の左横墻は高く作られている。この向うに21cmカノン砲座がある。

金岬砲台 その5 (5)
胸墻の凹みがお判りだろうか?

金岬砲台 その5
右方向から胸墻を見る。

金岬砲台 その5 (2)
見ての通り、右翼砲台の状態も悪い。
さて、この金岬砲台であるが、もう少し整備されていれば素晴らしい文化遺産になると思うので残念である。
プロフィール

神崎 伸介

Author:神崎 伸介
酒とナマコ酢と、セロリをこよなく愛し、日々全国の旧軍遺構を訪ね歩く異様に静電気を恐れる正統派変人です。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR