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陸軍第18師団

福岡県久留米市にはかつて陸軍第18師団が置かれていた。
第18師団は日露戦争後の軍拡により明治40年に増設された師団であったが、部隊の一部が第1次世界大戦で青島に出征したのと、シベリアに出兵したくらいの戦歴で、宇垣軍縮によりわずか17年半でその幕を閉じた。
ただ、久留米は他の師団が廃止された都市と違い、第18師団廃止後に小倉から第12師団が移転してきた。
車は長らく、師団所在地であったが、師団に関する遺構はほとんど残っていない。

18師団司令部 (1)
司令部跡に残る当時の境界と思われる排水路

18師団司令部 (2)
石積みは当時の物と思われる。

18D記念碑 (3)
JR南久留米駅近くにある諏訪野町公園には、第18師団記念碑がある。階段はかなり傷んでいるのが分かるあろう。

18D記念碑 (1)
記念碑のアップ

18D記念碑 (4)
記念碑の背面を見る。

18D記念碑 (2)
歴代師団長と第18師団の説明がある。

18D記念碑 (5)
第18師団記念碑の正面にも記念碑らしき物があったので、とりあえず確認してみると、

18D記念碑 (6) 
何と、日清 日露 日独 戦役記念碑だった! 

18D記念碑 (7)
側面及び裏面には戦死者の名前が彫られている。大正4年11月10日 国分村尚武会建立

第18師団記念碑の場所はこちら
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【コラム】第35回 平成を振り返る

平成最後のコラムです。
ネタ不足に喘ぎながらもどうにか続いています。

過去にも似たような内容のコラムを書いてますが、その辺の台所事情は汲み取ってください。

以前にも書きましたが私が旧軍遺構の探訪を始めたのが平成17年の初めでした。
私が探訪を始めてすぐに大きな事件がありました。同士の方には有名な、鹿児島中学生死亡事故です。
概要は、鹿児島市内の防空壕内で中学生が焚き火をして、一酸化炭素中毒で4人が亡くなりました。
これを機に多くの地下壕の入り口が塞がれたと言われます。
まぁ、自治体としては管理責任が問われるでしょうから仕方ない事だと思います。

また、多くの遺構が消失しました。
平成の始まりはバブル絶頂期で、土地の値段がバンバン上がっていたので、土地開発の名目で取り壊されたようです。
東京には歩兵第1連隊と歩兵第3連隊の兵舎も残っていたようですし。
高速道路建設や道路拡張により亡くなった遺構もあるようですね。
それ以前に、建物老朽化で取り壊される遺構がほとんどだったのかもしれませんが。

ただ、悪い事ばかりではありません。
旧軍遺構が近代化遺産と認定され始め、観光資源としても見直されています。
例をあげると呉ですね。
それまでは広島のガイドブックを見ても、呉は白黒で見開き1ページ。そのうち、潜水艦が見れるアレイからすこじまと、呉鎮守府長官官舎であった入船山記念館が紹介されているくらいで、あとは音戸の瀬戸や灰が峯からの景色、あとはグルメ情報でした。
しかし、劇的な変化がありました。

平成17年、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)がオープンすると、過去に例を見ないほどの来館者を迎えることとなりました。その年に公開された映画「男たちの大和」や、隣に建設された本物の潜水艦が関学出来る「鉄のくじら館」の影響もあり、予想をはるかに超えた観光客が集まりました。
これにより、旧軍遺構(近代化遺産)が観光資源になることを自治体が認識したのだと思いますが、最近はやたらと海軍の〇〇的なネーミングが目立つように思えます。
旧軍港では港内クルーズも行われていて、賑わっている様です。

陸軍も第4師団司令部は商業施設になり、お土産屋や飲食店、結婚式も出来るようですし、第11師団の偕行社は市民の文化センターやカフェになっています。

今後は更に多くの遺構が文化財として認知されていくと思います。
これらの遺構がいつまでも残されることを願って平成最後のコラムを終えます。

福岡陸軍墓地 その2

前回紹介した合葬碑の背後にも慰霊碑や合葬碑、個人墓がある。

福岡陸軍墓地 (20)
背後にある慰霊碑の全景

福岡陸軍墓地 (21)
写真手前から、明治二十七八年之役(日清戦争)歩兵第二十四連隊兵卒忠死之碑

福岡陸軍墓地 (22)
周りに名前が書かれている。

福岡陸軍墓地 (23)
明治維新志士之墓

福岡陸軍墓地 (24)
満州及上海事変戦病死者合同碑

福岡陸軍墓地 (25)
斜め後ろから見る。

福岡陸軍墓地 (26)
明治二十七八年之役(日清戦争)歩兵第二十四連隊下士忠死之碑

福岡陸軍墓地 (27)
佐官の個人墓

福岡陸軍墓地 (28)
尉官の個人墓

福岡陸軍墓地 (29)
下士官の個人墓

福岡陸軍墓地 (30)
ガ島戦士之碑 これは歩兵第124連隊の慰霊碑である。

福岡陸軍墓地2 (1)
ビルマ・タイ垃猛雲南地区戦没者之碑 とてもきれいに清掃されており、一部、造花もあるが生花と供物が備えられている。

福岡陸軍墓地2 (2)
更に墓地の片隅には、ドイツ兵の個人墓がある。共に海軍軍人の墓である。

福岡陸軍墓地 (31)
墓地の周辺を捜索すると、境界石があった。「陸軍所轄地」と書かれ、墓地の南東端を示す物と思われる。

福岡陸軍墓地2 (3)
ドイツ兵の個人墓と境界石の位置関係。奥に境界石があるのが分かるだろう。逆に、ドイツ兵の個人墓の場所が分かり難いので、見逃さないようにしてもらいたい。

福岡陸軍墓地 (33)
更に北に向かって進むと、もう1つ境界石がある。

福岡陸軍墓地 (32)
こちらも、「陸軍所轄地」と書かれている。

この福岡陸軍墓地はとても手入れが行き届いる。保存、管理されている方に感謝する。

最初に見付けた境界石の場所はこの付近
2本目の境界石の場所はこの付近

福岡陸軍墓地 その1

福岡市中央区谷2丁目の閑静な旧宅街にある谷公園は、福岡陸軍墓地であった。
現在も合葬碑と少数の個人墓が残っている。

福岡陸軍墓地 (1)
六本松の交差点には、陸軍墓地入口の石碑が建っている。
戦後に建てられた物だが、幹線道路の歩道にこれだけ堂々と陸軍墓地の案内の石碑が残ってるのに驚く。

福岡陸軍墓地 (2)
陸軍墓地入り口正面

福岡陸軍墓地 (3)
階段を上ってすぐの左手にある、忠霊鎮護之碑。昭和7年9月建立

福岡陸軍墓地 (4)
その先には更に階段がある。ここの灯篭は柵で囲まれており、犬の小便を掛けられる心配もない。

福岡陸軍墓地 (5)
階段を上ると、右手に手水鉢がある。昭和11年7月、7福岡市曹洞宗星華婦人会が奉献した物である。

福岡陸軍墓地 (6)
更に階段があり、その先に合葬碑が並んでいる。
元々は個人墓が並んでいたようだが、昭和10年に当時の歩兵第24連隊長が墓の統合を命じ、現在の形となった。

福岡陸軍墓地 (7)
合葬碑に上る階段の向かって左にある灯篭

福岡陸軍墓地 (8)
裏には皇紀2596年(昭和11年)と書かれていることから、改修の際に奉献された物であろう。

福岡陸軍墓地 (9)
こちらは右の灯篭

福岡陸軍墓地 (10)
裏には奉献した、愛国婦人会福岡県支部の名が書かれている。

福岡陸軍墓地 (11)
会だ庵を上って合葬碑を見る。

福岡陸軍墓地 (12)
左から、日清戦役戦病没者之墓 昭和10年建立

福岡陸軍墓地 (13)
日露戦役戦病没者之墓 昭和10年建立

福岡陸軍墓地 (14)
青島及西比利亜戦役戦病没者之墓 昭和10年建立 

福岡陸軍墓地 (15)
満州及上海事変戦病没者之墓 昭和15年建立

福岡陸軍墓地 (16)
支那事変戦病没者之墓 昭和15年建立

福岡陸軍墓地 (17)
殉職将兵合葬之墓 昭和8年建立 最も早く建立され当時の連隊長の謹書であることから、この合葬碑が陸軍墓地改修のきっかけになったのかもしれない。

福岡陸軍墓地 (18)
大東亜戦争戦病没者之碑 もちろん戦後の建立である。

福岡陸軍墓地 (34)
反対側から見る。

福岡陸軍墓地 (19)
背面を見る。

福岡陸軍墓地の入り口はこちら

福岡市南区鹿助公園に残る陸軍境界石

福岡市南区長住の境界石が残る公園で、最後に紹介するのは鹿助公園だが、実はこの公園は最初に訪ねていた。
それを最後に紹介するのは、この公園だけほかの公園と違うからである。
この公園にある境界石は移設ではなく、本来の位置にあるのではないかと感じている。あくまでも私の直感だが、ご覧の後、評価していただきたい。

鹿助公園 (1)
最初見付けた境界石

鹿助公園 (2)
背面には漢数字で番号が書かれている。これは二六●(埋まっていて確認できない)である。

鹿助公園 (5)
頂部

鹿助公園 (6)
頂部に書かれている境界が、石壁と同じである。
写真奥(南)にも境界石がある。

鹿助公園 (3)
南側の境界石

鹿助公園 (4)
これは二六四であり、番号も大きく違っていなく連番の可能性あり。

鹿助公園 (10)
更に階段を挟んだ北側の池沿いにも、石壁に沿って境界石が残る。奥に南側の境界石が見える。

鹿助公園 (7)
桜の木の根元に残る境界石

鹿助公園 (8)
背面の番号は二六八である。

鹿助公園 (9)
更に北にはもう一本残っている。

福岡市南区鹿助公園の場所はこちら
プロフィール

kan

Author:kan
酒とミル貝刺と、ナマコ酢をこよなく愛し、全国の旧軍遺構を訪ね歩く、自他共に認める正統派の変人です。
変人ですが、「変態!」と言われると烈火の如く怒ります。

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
基本、酒を飲んでブログを書いてます。文章がおかしい時は、かなり酔っていると思ってください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物や、すでに消失している物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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