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【コラム】第19回 同じ趣味でも

私にはいくつかの趣味がありまして、その時に熱心か、もう興味が覚めているかはありますが、以前はアクアリウムに没頭していました。アクアリウムという言葉に馴染みのない方もいるでしょうが簡単に言うと、水槽で魚を飼う事です。
現在は、ニューギニアからオーストラリアに棲息している亀のみを飼育していますが、以前は、水草を植えた水槽に熱帯魚を泳がせたり、水槽の水を半分にし、水辺の風景を再現した、アクアテラリウムを楽しんでいました。

アクアリウムに取り組んだ当時(約20年前)には、数誌の熱帯魚雑誌がありました。
しかし、今は私が知る限りでは1誌のみです。

ある程度の固定客を数誌で奪い合う、いわゆる、共食いもあったでしょうが、ひとくくりに熱帯魚(観賞魚)ファンと言っても、いろいろなカテゴリーがあり、その人たちのニーズに応えられなかったからだと思います。
熱帯魚(観賞魚)雑誌は毎月の特集が組まれており、大型ナマズ、小型ナマズ(コリドラス)、グッピー、ディスカス、メダカ、金魚、錦鯉などが定期的に紹介されます。逆に言えば、それらに興味のない人にはどうでもいい内容だったのではないかと思います。

それは旧軍遺構を探索している者にも当てはまります。
飛行場、本土決戦陣地、明治期の砲台、防空砲台、地下壕など多くの分野があります。
旧軍遺構全般に取り組んでいる方もいるとは思うのですが、私は地下壕系が苦手です。狙撃陣地はまだしも、地下工場は無理ですね!地下壕が怖い(気持ち悪い)だけなんですが。

ひとくくりにされる趣味でも、実は細分化されていて、なかなか相容れないことが多いんですよ!
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諏訪大神社に残る記念碑等

米海軍横須賀基地正門近くにある諏訪大神社は、横須賀海軍工廠と縁があり、かつては慰霊碑(招魂碑)があった。

諏訪大神社 (3)
最初に見えるのが、軍艦千島の慰霊碑の台座である。
軍艦千島は、日本がフランスに発注、完成し日本に回航する際、瀬戸内海においてイギリス船と衝突、千島は沈没して乗組員74名が殉職した。詳しくはこちら
碑自体は無くなっているが、台座には慰霊碑に寄付をした人たち(軍艦赤城准士官以下有志や、軍艦高千穂下士以下有志など)が記されている。

諏訪大神社 (4)
千島の碑の台座から階段で登り、社の上には横須賀海軍工廠殉職職工の招魂碑の台座が残っている。
この付近は明治33年、皇太子(後の大正天皇)の御成婚を記念して、諏訪公園として整備され、熊や猿などが飼われていた。

諏訪大神社 (5)
とても立派な招魂碑が建てられていたが、戦後、GHQの指示により撤去された。

諏訪山満期
招魂碑の台座のすぐ近くには、横須賀鎮守府大正3年度徴兵 満期記念の碑がある。満期除隊記念に桜樹200本を植樹したようである。碑の上部は欠損している。海軍の徴兵は3年間なので、大正6年に建てられたと思われる。

諏訪大神社 (6)
満期記念の碑の横には、第1次世界大戦で青島攻略戦に参加した、工作船関東丸工作部一同が奉納した手水台がある。

諏訪大神社 (7)
奉納された軍艦の装甲

諏訪大神社 (8)
被弾の痕が凄まじい。以前は金属製の説明板があったそうなのだが、戦後、高く売れる金属は盗まれてしまったようで、今となってはこれが何かは分からないらしい。

諏訪大神社 (9)
皇太子殿下御降誕 記念植樹の碑 横須賀海軍工廠長 村田豊太郎 
裏面には昭和9年12月23日 社団法人 横廠工友会建立と彫られている。

諏訪大神社 (10)
横須賀地区高射隊 第一高射機銃大隊 第四高射機銃中隊に 諏訪山機銃砲台との記載がある。
諏訪山機銃砲台は、7月18日、軍港地区爆撃時、25mm連装2基、25mm単装2基、13mm単装5基を装備し、人員51名が配置されていた。
当日の経過は、
1153 警戒警報発令
1224 横須賀地区空襲警報発令 砲台対空戦闘下令
1254 敵編隊発見
1306 葉山砲台射撃開始(以後、各砲台射撃開始)
1615 敵、南方に脱去
1632 横須賀地区空襲警報解除 対空戦闘要具収め
1730 横須賀地区警戒警報解除
となっており、戦果並びに消耗弾薬の項には
撃墜数 1 撃破数 2
撃墜破時刻 1550、1615 
撃墜場所 水道山付近
発射弾数 340
機種 艦載機 と記されている。
機銃砲台の正確な位置は不明だが、この付近が陣地だったと推測する。

諏訪大神社 (1)
話は逸れてしまうが、この諏訪大神社の狛犬には焼け崩れた痕がある。
関東大震災の時に横須賀は大きな被害を受けた。被災した人たちが家財道具を持ってここに避難してきたが、付近で起こった火事が、その家財道具に燃え移り災に包まれたからだそうである。

諏訪大神社 (2)
後ろから見る。炎で焼け崩れているのが分かる。これも歴史の証言者である。

諏訪大神社の場所はこちら

呉二河川公園に残る稜威池

呉市宝町、呉港湾合同庁舎近くにある二河川公園には稜威池とその碑が残っている。
これが旧軍遺構かと言えば疑問もあるが、海軍工廠の工事で出た巨石を展示していることなどから紹介する。

稜威池之記によると、稜威池とは、「我第二船渠は、その広さ優に一万頓以上の船舶を容るるに足る。然るに船渠前の海底中、浅堆ありて従来、大潮を候せされば、前記の巨艦を出入する能はず。故に一月僅かに両回の出入期あるのみ、有司夙に之を憂う。昨秋に至り、これを浚渫するの議調ひ、呉港務部をして其業を董督せしむ。その年末に際し、日露交渉漸く急を告ぐ。此に於いて日夜工事を督励し、海底の巨石を抜く事数千百個、浅堆を浚濬する事。数十閒月余にして其工を卒ふ。本年一月我艦隊中、精鋭の巨艦、陸続当港に来り、修繕をなすに当たり、浚渫其機宜に適し、直ちに其完成を告た。二月初旬露国愈、暴横を極め東洋の形勢甚だ危し。此に於て我皇赫怒し茲ら膺懲の師を興さる。我艦隊直ちに黄海に邁進し向う所捷たさるなく旬日にして制海権を獲たり。我皇稜威の壮なる前古比なし。而して前に抜取したる巨石は、軍事繁劇の際なるを以て部内の空地に放置せり。七月に至り部務少しく閑なるに由り、其構内を整頓せんとす。然るに彼巨石重大にして、運搬甚だ悩めり。因て部内巧思の者をして此石を用いて園地を作り、噴水を引き錦鱗を放たしむ。この池や単に頑石の蒐集に過ぎずと●●斯の如き巨石は既に第二船渠前に跡を絶ち如何なる大艦巨舶も自在に出入し能く軍国の機宜に応ずるを得るに至りしを思うきは、我皇の稜威を中外に宣揚するもの●與りて力(?)なしとなさんや、因て此を稜威池と名くと云爾  明治三十七年十月」(●●は読めなかった)
旧字や旧仮名遣いは一部訂正しています。また、句読点の位置がおかしくても、大人の対応でお願いします。

稜威池 (5)
これが稜威池だろう。

稜威池 (3)
付近に置かれている石。これらも浚渫された物だろう。

稜威池 (4)
稜威池之記の碑

稜威池 (2)
付近からは旧海軍工廠が見える。

稜威池 (1)
旧海軍工廠のドックのアップ

呉二河川公園の場所はこちら

横須賀軍港逸見上陸門

JR横須賀駅の目の前にあるヴェルニー公園には、横須賀軍港逸見(へみ)上陸門が残っている。
ここは以前、臨海公園と呼ばれていて、その頃には海軍工廠への引き込み線の線路が残っていたが、いつの間にかなくなり、ヴェルニー公園と名前を変えた。
さて、この横須賀軍港逸見上陸門の名称は便宜上、私が名付けただけで正式名称ではないことをお断りしておく。

逸見上陸門 (1)
横須賀軍港逸見上陸門 とてもモダンな造りであり、大正末期から昭和初期の建造と推測されている。

逸見上陸門 (3)
反対側から見る。

逸見上陸門 (2)
内側(海側)から見る。

逸見上陸門 (6)
外から見て右の立哨小屋には、 「軍港逸見門」の表札が

逸見上陸門 (4)
左には「逸見上陸場」の表札がある。

逸見上陸門 (5)
左の立哨小屋のアップ

逸見上陸門 (7)
内部の様子

横須賀軍港逸見上陸門の場所はこちら

【コラム】第18回 横須賀での倉庫火災

皆さんも御存知の通り、7月22日午前11時40分ごろ、神奈川県横須賀市田浦の相模運輸倉庫から出火、その後、隣の倉庫に延焼しました。火災は翌朝に鎮火しましたが、情報では水曜日まで煙が出た(くすぶった)状態で放水が続けられたようです。
これらの倉庫は、海軍が建てた第二海軍航空廠の倉庫で、最初に出火したのが第3飛行機倉庫で、第2飛行機倉庫に燃え移りました。
現在ですが、これらの倉庫は重機で取り壊しが行われており、完全に消失するのも時間の問題だと思います。

さて、今後なのですが、新しい倉庫に作り替える可能性もあります。
今回消失した倉庫の跡地にだけ建てるのであれば、残った倉庫はそのままですが、場合によっては古い倉庫を取り壊し、すべてを新しくする可能性もあります。そうなると、海軍時代の倉庫は無くなります。
また、これを機に相模倉庫が撤退すれば、目の前の岸壁同様、自衛隊が買い取る可能性が高いです。
そうなれば、多分倉庫も取り壊され、何か施設が作られるでしょう。
今後はまだ分かりませんが、残った倉庫を取り巻く環境は厳しいと思います。

火災倉庫 (2)
最初に出火した第3飛行機倉庫

火災倉庫 (3)
反対側から見る。

火災倉庫 (1)
そして隣の第2飛行機倉庫に燃え移った。
プロフィール

kan

Author:kan
酒とトリ貝刺と、牛スジ煮をこよなく愛し、夏は野球観戦、冬は全国の旧軍遺構を訪ね歩く、自他共に認める正統派の変人です。
ベイスターズ頑張れ!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
基本、酒を飲んでブログを書いてます。文章がおかしい時は、かなり酔っていると思ってください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
本ブログに掲載されている写真の無断使用は禁止します。

Twitter始めました。@Kanreport0726

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