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【審議】 横須賀海軍工廠3号ドックサイドの建物

横須賀海軍工廠2号ドックと3号ドックサイドの間にある、この建物であるが、海軍工廠時代の物と思い込んでいた。
今回、紹介するにあたり「もしかして、戦後の物?」との疑問が・・・
実際に当時の航空写真を見ると、微妙に位置が違うような・・・
御存知の方、御教示ください。
公開直前になって疑問を感じましたが、替えのネタがないので、ひとまず審議として公開します。

第3船渠 (3)
そう思って見ると、確かに違うような気がしてきた・・・

1,2号ドックサイド (5)
そう考えると、これも戦後の物だろうか?
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横須賀海軍工廠1号ドックサイドの建築物

米海軍横須賀基地に隣接するショッピングモールからは、かつての横須賀海軍工廠の施設が見える。

1,2号ドックサイド (1)
ショッピングモールから見た、かつての横須賀海軍工廠施設。
現在も、アメリカ海軍の施設として使われている。
米軍施設として使われていなければ、国の重要文化財に指定されていたと言われている。
写真、手前には戦艦陸奥を作った第2船台跡が写る。

1,2号ドックサイド追加
1号ドックと2号ドックの間には4棟の建物がある。

1,2号ドックサイド (3)
海(渠門)側から、1つ目の建物。
東京湾要塞さんには、第1、第2船渠ポンプ所 昭和12年建設と紹介されている。

1,2号ドックサイド (6)
角度を変えて見る。昔の縦開きの窓を改装しているのが分かる。

1,2号ドックサイド (10)
第2船台付近から見る。

1,2号ドックサイド (4)
2つ目の建物。こちらは、倉庫、昭和9年建設となっている。

1,2号ドックサイド (11)
第2船台付近から見る。

1,2号ドックサイド (5)
3つ目の建物。海軍工廠の建物と思うが、詳細不明
戦後に建てられた可能性あり。

1,2号ドックサイド (7)
角度を変えて見る。海軍工廠からの物だとすると、入渠(ドライアップ)した修理艦の事務所もしくは食堂だと推測するが詳細不明

1,2号ドックサイド (12)
こちらも、第2船台付近から見る。

1,2号ドックサイド (8)
最後に一番奥の建物
窓の形状から工廠時代の物と思われる。
大きさから油脂庫ではないだろうか?

1,2号ドックサイド (13)
ヴェルニー公園から見る。

横須賀海軍工廠造機部鋳造工場

ヴェルニー公園から米海軍横須賀基地を臨めば、横須賀海軍工廠造機部鋳造工場が見える。

横須賀海軍工廠造機部鋳造工場 (5)
鋳造工場全景
私が所有する、昭和20年時の横須賀海軍工廠造機部工場配置図を見ると、鋳造工場は「合金場」、「鋳鋼場」、「鋳鉄場」、「金型置場」の4棟からなるが、画像を見ると5棟ある。

横須賀海軍工廠造機部鋳造工場 (2)
工場右側。右から、「合金場」、「鋳鋼場」、「鋳鉄場」となっている。

横須賀海軍工廠造機部鋳造工場 (4)
工場左側。右から「鋳鉄場」、「金型置場」となっており、所有する横須賀海軍工廠造機部工場配置図に描かれている工場自体の形状が正しいのなら、一番左の大きな建屋は昭和20年の時点ではなかったようだ。

令和4年6月19日加筆
Twitterにこの記事を載せたところ、魚交(さめ)@shark_ishiさんより
 一見5棟に見えますがあの3棟が左から順に鋳鉄場、鋳鋼場、合金場だと思われます。金型置場らしき施設は米軍の戦略爆撃目標用の航空写真でそれらしき建屋が隣に確認できますがおそらく建屋は撤去されており現存していません。ちなみに昭和7年の写真で鋳造工場の一部と思われる建屋が確認できます。
と、御教示いただいた。
そもそも、参考にした配置図の正確性も立証できないので、今後の課題といたしたい。

横須賀海軍工廠造機部鋳造工場を見るにはこの辺りから

北部軍司令官官舎

札幌市豊平区月寒東2条には、北部軍司令官官舎があった。
北部軍は、昭和15年12月に新設された組織で、樺太、北海道、青森県、岩手県、秋田県、山形県を管轄していた。
その北部軍司令官官舎は現在、「つきさっぷ郷土資料館」として使われている。

北部軍司令官官邸
つきさっぷ郷土資料館の門柱。司令官官舎の物だと思われる。

北部軍司令官官邸 (2)
北部軍司令官官舎

北部軍司令官官邸 (3)
斜め後方から見る。

北部軍司令官官舎境界石
郷土資料館の敷地内に移設されている境界石
先が尖っていてあまり見かけないタイプであり「陸軍省用地」となっている。

北部軍司令官官邸 (4)
付近に残るポプラ並木は、北部軍司令官官舎を建築する際、官舎の景観のため、地元有志により植えられたものである。

北部軍司令官官舎の場所はこちら

横須賀市某所に残る要塞地帯標

横須賀市某所には要塞地帯標が残っている。

浦郷要塞地帯標 (1)
フェンスは当時の境界そのままであり、境界塀の支柱と境界石が残る。

浦郷要塞地帯標 (2)
境界石の文字(記号)は内側に向いているようで、確認できない。

浦郷要塞地帯標 (4)
いつ時期の境界石か分からないが、小石が多く混ざった質の悪いコンクリート製である。

浦郷要塞地帯標 (9)
見難いが、横須賀では珍しい(個人的意見ですが・・・)、波線2本のみである。

浦郷要塞地帯標 (11)
さらに、この境界石も小石が多く混ざったコンクリート製であるが、

浦郷要塞地帯標 (10)
「海軍用地」となっている。設置時期が違うのであろうか?

浦郷要塞地帯標 (5)
フェンス沿いに要塞地帯標がある。(逆光、残念・・・)
東京湾要塞さんを参考にさせて頂くと、正面は、1Z 東京湾要塞第1区地帯標

浦郷要塞地帯標 (7)
左側面には、建設 大正15年7月

浦郷要塞地帯標 (6)
こちら(背面)には、海軍省
右側面は、フェンスに近いため写真は撮れなかったが、第2号と書かれている。

浦郷要塞地帯標 (8)
オリジナルの場所だと思われ、コンクリートの基礎がある。

こちらも場所は明記しない。
プロフィール

kan

Author:kan
酒とナマコ酢と、ミル貝刺をこよなく愛し、全国の旧軍遺構を訪ね歩く、自他共に認める正統派の変人です。
変人ですが、「変態!」と言われると烈火の如く怒ります。
腰はガラスの腰と言われ、定期的に壊れます!

紹介する遺構の説明は正確を心がけてますが、間違いや情報があれば、是非とも教えてください。
基本、酒を飲んでブログを書いてます。誤字や文章がおかしい時は、かなり酔っていると思ってください。
また、ここで紹介する遺構は訪ねてから紹介するまでに、時間が経っている物や、すでに消失している物も有り、必ずしも現状で無い場合がありますのでご注意ください。
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